私にとっての2010年「観る 聴く 読む」

3.読むの最近のブログ記事

読む 吉本隆明のDNA 朝日新聞出版

20120321_吉本隆明01.jpg―吉本隆明(よしもとたかあき)さんが亡くなりました―
詩人・評論家の吉本隆明氏が3月16日、肺炎のため亡くなりました。87歳でした。3月17日の朝日新聞は一面で大きく取り上げていました。吉本氏は1924年(大正十三年)東京・月島で生まれました。戦時中は「軍国青年」として死を覚悟しますが、敗戦。戦後は一転して「戦争責任」を文学、思想の両面から追求しました。一方で日本社会をあらゆる思想領域から考察し、多くの著作を世に問い続けてきた方でした。


―「吉本隆明のDNA」を読み返す―

20120321_吉本隆明02.jpg2009年7月に発表された「吉本隆明のDNA」は朝日新聞記者・藤生京子氏の
著作で、吉本氏と対峙し、その思想や生き方について考え続けてきた6人の方、
姜尚中 上野千鶴子 宮台真司 茂木健一郎 中沢新一 糸井重里 各氏のインタビューで構成されています。

糸井さんは吉本氏の講演会をプロデュースしNHKでその模様が放映されました(2008年7月、NHK-ETV特集「吉本隆明 語る」)。車椅子で声がかぼそく聴き取り辛いのですが懸命に語り続ける吉本さんの姿が強い印象として残っています。








―最近読んだ吉本氏の本「夏目漱石を読む」―

20120321_吉本隆明03.jpg昨年、夏目漱石の本が読みたくなり、「草枕」「門」等を読み、合わせて吉本氏の「夏目漱石を読む」(2008年9月・筑摩文庫)を読んでました。

解説で関川夏央氏はこの本をこんな風に締めくくっています(解説文より引用)。
「私は漱石という偉大な作家を持ったことを幸福に思う。それと共に私は、同情心と尊敬心を等量抱きつつ、「夏目漱石を読む」をあらわした吉本隆明を同時代に持つことを得難い幸運だと感じる者のひとりなのである」









―膨大な著作をこれから襟を正して、また少しずつ読んでみようかなと―
「マチウ書詩論」「藝術的抵抗と挫折」「カールマルクス」「擬制の終焉」「自立の思想的拠点」「共同幻想論」「言語にとって美とはなにか」「マスイメージ論」「ハイイメージ論」「夏目漱石を読む」「最後の親鸞」「悲劇の解読」「重層的な非決定へ」「超西欧的まで」「世界認識の方法」「空虚としての主題」「反核異論」「貧困と思想」「私の戦争論」まだまだありますが...。
吉本氏の著作は300冊以上あると云われています。難解で何度読んでもわからない本もありますが、「この世界は何だ?」という問いがある限り、吉本氏の言葉に又、触れたいと思います。


―次女で作家のよしもとばなな氏の公式ツィッターをフォロー中です―
父の死やその後の出来事、日常生活等を次女のばなな氏が書き込み中です。
(@y banana)on twitterで読むことができます。

読む 60年代のリアル 佐藤信 ミネルヴァ書房

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―24歳の東大院生が綴る若者論に触れてみる―
先月、新聞広告で紹介された本で、本のタイトルに魅かれ、読んでみました。テーマは「何故僕と同世代の若者があんなに熱くなれたのか?」です。今どきの若者は60年代をどう見ているのか?そして今、彼らが生きている現代をどうとらえているのか?理解、共感するためのキーワードは「皮膚感覚」「リアル」という言葉でした。


―私にとっての60年代のリアルとは―
私は60年代を一人の学生として新潟と東京で過ごしました。所謂青春時代で誰もが通過する時間です。自分にとっての60年代をどうとらえているかということは、ここではまとめることはできません。しかしハッキリしていることは、60年代の「原体験」が今の私の精神構造や思考活動を形成し、それは現在も私の心に深く影響を与え続けているということです。それが私にとっての「皮膚感覚」とも云えるものかも知れません。

―現代、それは「皮膚感覚」そして「リアル」の喪失―
佐藤さんは押井守氏の有名なアニメ「攻殻機動隊」、ハリウッド映画「マトリックス」の世界を引き合いに、ネットの海でもがく現代に生きる人間の自画像を考察しています。こんな感じの文章です。(本文より引用)
「世界は実は機械によって創り出されたプログラムに過ぎない」
「この世がノンフィクションであると何故言える この世は所詮、一種のフィクションである」
「僕らの時代のリアルはフィクションの中で生きるための糧として命綱としてあるものなのである」


―「失われた20年」を経て、佐藤さんの決意(本文より引用)―
"この終わりゆく時代にあって、僕らにまだ肉体が残されているということは
僕らにまだ未来が残されていることを意味しているんだって、僕は信じてみることにしよう"
現代社会において人間の存在は瞬時に、容易く「情報化・記号化」されていきます。その結果、現代社会そのものが人間同士をコミュニケーションの道具として日々分断しているわけです。主客転倒です。人間の主体性を具体的にどう取り戻すか? 難しい話になってきました。


―今の私にとってのリアルの喪失(抵抗する日々)とは―
*未だに従来型の携帯端末からスマホに変えることをためらう
*未だに3D映画を意地でも観たがらない
私もネットの海に投げ込まれながら、必死に抵抗している(現状のSPECに満足し、不自由を感じないだけなのですが)中高年世代の一人なのです。

読む 僕のお父さんは東電社員です 現代書館

20120214_touden01.jpg―毎日小学校新聞に投稿された一通の手紙―
東京都に住む小学校6年生「ゆうだい君」(仮名)の手紙が5月に毎日小学校新聞に掲載されました。ゆうだい君の手紙は「突然ですが、僕のお父さんは東電の社員です」という言葉から始まります。編集部で小中学生に意見募集したところ、全国から子供から大人まで数多くの意見が寄せられました。この本はある小学生の原発に関する手紙をきっかけに寄せられた意見をまとめたものです。


―ゆうだい君の主張とは?―
原子力発電所を造ったのは誰でしょうか。もちろん東京電力です。では、原子力発電所を造るきっかけをつくったのは誰でしょう。それは、日本人、いや世界中の人々です。」(引用)

無駄に電気を使い続け、一方で地球温暖化対策などから、原発を容認したのは電気を利用する全員の責任であると訴えています。手紙の最後は、こうも書かれています。
こういう事態こそ、みんなで話し合ってきめるべきなのです。そうすれば、なにかいい案がうまれてくるはずです」(引用)



―小学生からの手紙で多く寄せられた視点―
放射線量を減らすためにひまわりを植えよう ゲームを夜遅くやるのをやめて暮らしを変えていこう せつ電しよう 電気の使い方を考えよう もっと電気のことを勉強しよう


―ある中学生からの手紙(引用)―
「東京のひとたちが使う電気を福島でつくっている。そのせいで福島の人たちは被害を受けている。福島に東電の発電所があるのはおかしい...」


―今この国の大人たちに子供達の声は聞こえていますか?―
私はこの本に接し「この事態を子供にちゃんと説明できる大人」なのかと自問自答しました。3・11の原発事故以降、戦後日本の自画像として、経済成長と豊かな暮らしをセットにしてきた物語が終焉を迎えたことを強く感じていました。原発54基はその象徴ともいえる存在です。我々日本人は、3・11以降の事態に対し、加担した歴史があると認めることから始めなければならないと思います。思考停止は許されません。ゆうだい君は有効な「話合い」を求めています。


―森達也(映画作家)氏の手紙から(引用)―
「東電の社員たち一人ひとりを責めるべきではないし、ゆうだい君のお父さんも責められるべきではない。だって一人ひとりは、一生懸命に働いていた。
でも東電は責任を負うべきだ。まかされていたのだから。そして僕たちの社会も、やっぱり責任も負わなくてはならない。まかせていたのだから。」

読む 小澤征爾さんと音楽について話をする 新潮社

―2人の日本人の楽しそうな顔 小澤征爾×村上春樹―

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少し前の新聞広告面で2人の対談本が紹介されていました。病と闘い、やや、やつれ気味ですが、生命力に溢れる小澤さんの表情と、小澤さんを支え、寄り添うように映っている村上さんの暖かな表情が実に印象的でした。特に村上さんの笑顔が、この本の中身を暗示していました。


―小澤さんと村上さんの音楽を巡る対話―
2009年12月、小澤さんは食道癌の切除手術を受けました。以後は病と闘いながら、リハビリの日々が続くことになります。ここまで音楽活動に全力疾走してきた小澤さんは、ここにきて活動を大幅にスローダウンさせており、この時間軸の中で、村上さんとの対話が実現することになりました。


―音楽を表現すること、聴くことの驚きと喜びが、溢れる言葉となって迫る―
ベートーベン マーラー ブラームス モーツァルト チャイコフスキー
カラヤン バーンスタイン クライバー 斎藤秀雄 グールド ゼルキン
内田光子 ロバート・マン 今井信子 原田禎夫 パメラ・フランク
山本直純 武満徹 コルトレーン 大西順子 森進一 藤圭子
多くの音楽家が登場し、そのエピソードは読んで楽しい一時でした。


―音楽は2種類しかない(村上さんの言葉―引用―)―
"デューク・エリントンが言っているように、世の中には「素敵な音楽」と「それほど素敵じゃない音楽」という2種類の音楽しかないのであって、ジャズであろうがクラシックであろうが、そこのところは原理的には全く同じことだ。
「素敵な音楽」を聴くことによって与えられる純粋な喜びは、ジャンルを超えたところに存在している。"



―デューク・エリントンは米国ジャズ界の大御所です―
「A列車で行こう」等、スタンダードJAZZで有名な方です。

読む いまだから読みたい本 坂本龍一

20111024_坂本龍一01.jpg―音楽家・坂本龍一氏が3・11以後の日本を考える本を出版―
3・11は我々日本人にとって忘れることのできない大災害となりました。地震と津波により、東北沿岸部の多くの人命が瞬時に奪われ、福島では原発事故が発生し、多くの方々の生存権、財産を奪ったまま、収束の道筋は見えないままです。戦後最大規模の被災という事実を前にしたショックと混乱の中で私は、自分自身を納得させる何かを探していました。その一つが「言葉」でした。


―「心に響いた言葉たち」を探す―
坂本氏は3・11以降、友人たちとFacebook上で多くの本や文章に触れ、読書案内にしようとこの本を出版しました。前書きで坂本氏はこのように書いています(引用)
地震や津波に対する流言飛語や風評、原発事故に対する嘘や隠蔽。すべては
言葉の問題です。言葉と現実に起こっている事態の乖離がはなはだしくて、
3・11前の言葉と自分の関係、言葉と現実の関係がくずれてしまった。
(中略)一方でまた、心の空虚さを埋めるのも言葉だし、自分たちの抱く、
この非力な感じを支えてくれるのも言葉です。人間とはつくづく言葉を食べて生きている動物なんだなという思いを強くしています。



―こんな方々の「言葉」を紹介しています―
茨木のり子 中井久夫 寺田寅彦 丸山眞男 伊丹万作 手塚治虫 鶴見俊輔
等の著作からの紹介ですが、戦後社会におけるそれぞれの「日本人論」として読むことができました。外国では12歳の少女による「リオ伝説のスピーチ」、ウクライナのジャーナリストによる「チェルノブイリの祈り」等が紹介されています。近代から今日までの幅広い歴史の中で、多くの示唆に富む言葉の数々に触れました。


―一番印象に残った「アトムの哀しみ」―
漫画家・手塚治虫氏の言葉(引用します)
自然への畏怖をなくし、傲慢になった人類には必ずしっぺ返しがくると思います。いまこそ全地球レベルで、超長期的、何百年何千年という視点から、地球を考える必要があるのです。(中略)自然や人間性を置き忘れて、ひたすら進歩のみをめざして突っ走る科学技術が、どんなに深い亀裂や歪みを社会にもたらし、差別を生み、人間や生命あるものを無残に傷つけていくかをも描いたつもりです。(中略)鉄腕アトムで描きたかったのは、一言でいえば、科学と人間のディスコミュニケーションということです。
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―反骨の音楽評論家・中村とうよう氏を悼み、言葉の数々に触れる―
中村とうよう氏が2011年7月21日、立川市の自宅で逝去されました。享年79歳でした。中村氏の追悼特集がミュージックマガジン社(初代編集長は中村氏)から「中村とうようアンソロジー」というタイトルで10月増刊号として発売されました。
ミュージックマガジンは1969年の創刊以来、主に音楽評論をベースとして現在も発行を続けています。


―基本は世界の大衆音楽、黒人音楽からワールドミュージックへ―
一時期のロック・ポップス系を除くと、彼の音楽評論の基本はブルース、ゴスペル、ジャズ、リズム&ブルース、ソウルミュージック等、黒人音楽の素晴らしさを日本のリスナーに伝えることでした。以後の音楽地図としては欧米系から徐々に離れ、アジア、アフリカ、ラテン音楽へと評論活動を広げていきます。歴史的に抑圧された民族(NATIONS)音楽に対する温かい眼差しと、それをマネーゲームビジネスとしてしか捉えない音楽商業資本に対しては、常に反発していました。


―好き嫌いがハッキリしている爽快な言葉―
今風に言えば博覧強記の強力ブロガーといったところでしょうか?
ロック系や日本系ジャンルにおける中村さんが高評価した主な人々は以下の通りです。

ローリングストーンズ バンド ランディニューマン ニルソン トーキングヘッズ ポリス 美空ひばり 雪村いづみ 都はるみ テレサテン 岡林信康 遠藤賢司 細野晴臣 山口百恵 キャンディーズ 山下達郎 竹内まりや 宇多田ヒカル 安室奈美恵 ...

キャンディーズの評論は面白かったですが、私は若い頃、キャンディーズには最後まで興味がありませんでした。


―アイルランドの歌姫・エンヤに関する評価(本誌より引用します)―
クラシックぽいオーケストラに美しい声の美人ボーカル、シングルヒットで突然話題に...といった外見だけでエンヤをイメージしてはならない。確かに美しく整った歌いぶりだが、発声も唱法もクラシックではなく、(中略)英国トラッド系統のボーカルだし、大編成のオーケストラやコーラスにもクラシックや映画音楽とは出処の違う響きがある。日本の尺八やジャワのスリンに似た笛が聞こえたりもする。そしてすごく新鮮だ。

エンヤを久しぶりに聴いてみました。

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Enya/Watermark  1988年発表

読む 「詩ノ黙礼 和合亮一」新潮社

―福島在住で現代詩を書き続ける和合亮一氏の詩集を読む―

20110921_和合亮一01.jpg和合亮一氏(わごう りょういち)は1968年福島生まれ。
詩人で、高校教師をされている方です。

3・11の大震災以降、ツィッタ―で詩を次々と発表し、大きな反響を呼んでいます。
この詩集は6月に新潮社より発売されました。










―和合氏を知った、きっかけは「思想地図β2 特集・震災以後」―

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2011年9月に発行されたこの季刊誌の中で「震災と言葉Ⅰ」として和合氏の連作の詩「詩の礫10」が掲載され、
併せて東浩紀氏(編集長)との対談「福島から考える言葉の力」が掲載されていました。

この中で和合氏は「言葉の力で震災に向き合い」「絶望は絶望をきっちりと語ること」で、一筋の「言葉の光」を探し求めていました。和合氏の思いは、いまだ暗闇の中ですが、書き続ける詩人としての意志に、私は深く感銘しました。和合氏の言葉は「復旧」「復興」「希望」といった我々にとって既に聞き慣れたフレーズだけでは語れない、被災地で生き続ける人々の想いが胸に迫ってきます。


―最後まで避難を呼びかけた女性についての断章―
和合さんの詩集「詩の黙礼」より引用させて頂きます。

南三陸。役場に勤めているある女性は、必死になって、マイクの前で、最後まで、避難を呼びかけた...。 

南三陸。黒い波があらゆるものを奪っても、女性は必死になって、呼びかけた。「高台へ、高台へ」...。

そして女性はそのまま帰らぬ人となった。最後まで、最後まで、津波を知らせ続けた...。 

女性のご両親は後日に、正に津波が押し寄せてきた時の記録映像を見ていた。波は激しい勢いで、いま正に、南三陸の街を飲み込もうとしている...。 

中略

さらに黒い波。あらゆるものがなだれ込んできた。<高台へ避難して下さい、
高台へ避難して下さい>。美しい凛とした声を聞いて、お母さんはぽろぽろと
泣いた。「まだ言っている、まだ言っているよ」...。 

中略

<高台へ避難して下さい>騒然とした非常な南三陸の街で、美しい凛とした声は、何百人もの命を救った。声の明かりを頼って、高台へ行こう、高台へ行こう、と...。

中略

高台へ。振り向けば、海原がまぶしい、初夏の太平洋。何も求めない、ただ胸いっぱいにあふれてくる、幸せの涙が欲しい。雲の切れ間...。

高台へ、ついその先の濁流の恐怖。震えながら、人々は想う、凛とした声明かりがもっと、欲しい、もっと心の高台へと誘って欲しい、全てを飲み込む、怒りと悲しみの渦、南三陸。

身を削るようにして、乳を絞り出して限られた草を食べて涙を流している母牛も、凛とした女性の声を、聞いているのかもしれない...。

<高台へ>黙礼。



―和合亮一さんのtwitterは@wago2828です―


―ROLLING STONESのギタリスト Keith Richardsの自伝をジュンク堂で買う―

20110621_keith01.jpgキースの自伝「LIFE」はハードカバー本で621頁もありました。四苦八苦して何とか読みきりました。本のカバーにある宣伝文は「ローリングストーンズの魂が現代を生きる人に贈る渾身のメッセージ」というものです。世界一有名な唯一無比の現役ロックバンドとして「ローリングストーンズ」が輝いていた時代は60年代後半から70年代前半です。
この時期のキ-ス及びストーンズは怖いものなしで、この時期の記述は酒、ドラッグに溺れていた時代の話で、なかなかついていけません。キースはこの時期「世界一優雅にぶっ壊れた男」と云われたり、「死にそうなロックスター第1位」に10年間選ばれていたそうです。しかしながら、この時期のストーンズが音楽的には最高であったことは多くの人々が指摘しています。私も同感です。


―それにしてもいま68歳の現役ロッカー(内田裕也じゃないですよ!)―
まだ引退しそうにありません。キースは1943年12月生まれです。第二次世界大戦終盤、ドイツ軍空襲下のロンドン郊外で生まれています。子供時代は「人類の半分は負け犬でもう半分はいじめっ子だ」という社会で過ごします。当時の処世術は「走って逃げる」。


―ギタリスト 作曲者 音楽監督としてのプライド―
60年代前半に「ロンドンNO1のブルースバンド」を目指して、音楽そしてギターに魅入られ退路を断ち、人生を賭ける。アコーステックからエレクトリックへ。「金のためだけにやってるんじゃない 自分の喜びのためにやってるんだ」。5弦オープンGのチューニング(詳しくは解りませんが、キースが編み出した誰にもまねのできない奏法)の秘密など音楽への一途な姿勢は感動的でした。この音の秘密に関してモーツァルト、ヴィヴァルディを引き合いに出して語っています。


―ジョニー・デップとキース・リチャーズ―
ジョニー・デップ演じる「パイレーツ・オブ・カリビアン」の主人公ジャック・スパロウは見た目がほとんどキースそのものです。デップはキースをモデルにジャック・スパロウというキャラクターを作り上げたそうです。ジャックの父親役でキースが登場しているようですが、私はまだ未確認です。


―ジュンク堂でさとッチ!本も購入する―
入口のコーナーと「郷土図書」というコーナーにありました。
買い求め、東京在住の娘にプレゼントしました。県外の多くの方々にもこの本で「新潟」を感じて貰えれば幸いです。

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読む 現代思想2011年5月号 特集 東日本大震災

―東日本大震災に向き合い、考え続けること―

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大震災の特集号や緊急出版書籍が数多く書店に並ぶようになりました。
この本のサブタイトルにある「危機を生きる思想」という言葉に惹かれて読むことにしました。
難解な論文も多く、まだ全部読みきれていません。


―「危機を生きる」「フクシマ」「自然とリスク」「復興の前で」「被災者支援」―
この5つの問題設定で32名の学者、知識人、活動家、ジャーナリストの方々が寄稿しています。
地震多発国、原発大国と云われながら経済成長を謳歌してきた我々の日本社会はここで一回立ち止まって考えることを要求しています。この本で出会い、心に残った言葉として映像作家・森達也氏の発言をを引用します。


―「ダウンサイジング 森達也氏のインタビューより」(引用)―
「ヨーロッパの人がよく言うことですが、"西から東に行けば行くほど、街には騒音が増えるし、夜が明るくなる"と。中国や香港や日本はうるさくて、明るすぎて、ということです。もうこの辺で考えてみるべきだと思います。今なんか気持ちいいじゃないですか。スーパーもコンビにも。これで十分だし、生産力が落ちてもいい。少子化で人も減るのだから、少しずつ電力を抑えて、できるだけ自然の力を使った発電に切り替える。もちろん経済成長はさらに停滞するだろうけど、もうやむを得ない。「強い国」とか「復興」とか、そんなフレーズよりもダウンサイジングの方が、今の僕にはぴったりきます」


―3つの発明と21世紀を生きる我々の未来は―
1995年、新潟で某大手電機メーカーの部長さんの講演会があり、話を聞くことができました。私のメモ書きにはこう記されています。
「科学・技術が飛躍的に発展した20世紀。人類に多くの恩恵をもたらした。しかし現代において"必ずしもそうではない"と云われている発明が3つある」

①「核・原子力」  新たなエネルギー源と核兵器
②「遺伝子工学」  遺伝子組替え食品 クローン技術
③「情報処理技術」コンピュータ IT革命 バーチャルとデジタルデバイト 悪意の介入

科学技術の最高の純粋到達点では時として科学技術ですら「制御不可能」となることの警告として当時、聞きました。
欧米では「神への冒涜(特に②)」などと当時言われたこともありました。
あれから16年、人間の理性や節度はこの難問(科学技術の基本的な困難)を克服できたのでしょうか?
①について向き合い、考え続ける時間がまだ必要です。




読む 苦役列車 西村賢太

110411_苦役列車01.jpg―2010年 144回芥川賞受賞 西村さんの「苦役列車(くえきれっしゃ)」を読む―
西村氏は1967年 江戸川区に生まれの43歳。フリーターをしながら、執筆活動を続け、今回、上記作品が受賞しました。YOU-TUBE等で彼の受賞記者会見をみることができますが、傑作です(笑えます)。何故傑作なのかは皆さんでご覧になり判断して下さい。


―本の帯にある宣伝文です―
「昭和の終わりの青春に渦巻く孤独と窮乏、労働と因業を渾身の筆で描きつくす」
友もなく、女もなく、一杯のコップ酒を心の慰めに、その日暮らしの港湾労働で生計を立てている十九歳の主人公。小説そのものはいつの時代にもある社会の底辺でその日暮らしから抜け出せない主人公を描いていますが、ほとんど現実の西村氏とかぶっています。



―1980年代という時間 バブルと昭和の終わり―
小説の時代は1980年代後半の東京ですが、バブルへ突き進んでいる時代で、経済は順調で仕事は山ほどあり主人公が働いていた場所が出てきます。
昭和島 平和島 豊海 芝浦 船橋 鶴見 主人公は江戸川区(浦安寄りの町)⇒船橋(原木中山駅)⇒横浜と移住していきます。浦安といえば東京ディズニーランドも1983年にオープンします。
新しい都市が夢と希望を振りまき多くの人々を吸収していき、一方で働き口を求める単純労働者のニーズもその動きにつれて拡大していったのでしょうか?
私にとって1980年代は激動の時代でしたが、やはりバブル景気の異常な時期を東京で過ごしていたせいもあり、いまだに夢をみているような気分で、記憶が曖昧な時期があります。リアリティがないのです。


―会話があまりない小説―
普段誰とも話さないし、友達も一人もいない主人公なので、前半は毎日の繰り返される労苦のみが描かれています。後半にようやく友人らしき存在の学生が出てきます。こうした極貧生活を描いた小説はたくさんあります。
西村さんの小説の主人公に特徴的なのは貧困に「抗わない」こと、そしてひたすら人とのコミュニケーションを拒否し「地を這うように暮らしている」という生き方です。格差社会の撤廃を訴える現在の「プレカリアート(非正規雇用者)」の若者とも違う世界でした。ドストエフスキーの世界ですかね?


―選考委員の推薦文―
「ゆるぎない芸風と独特のユーモアを持った一つのエンターテインメント」